東京高等裁判所 昭和57年(行ケ)158号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがなく、審決の理由の要点のうち4の(二)、(四)及び5の点を除くその余の認定判断は原告の認めるところである。
二 そこで、原告主張の審決取消事由について判断する。
1 取消事由(1)(請求の原因四1)について
(一) 本願発明においてはカセツト収納体が前面繰作板の開口部を前後にすなわち横方向に移動するのに対し、第三、第四引用例のものにおいては、本願発明のカセツト収納体に相当するカセツト差込枠が上下方向に移動するものであることは、請求の原因四1(一)(二)の主張に照らし原告の認めるところである。この事実によれば、横方向と上下方向の差異はあるが、両者ともカセツト収納体をカセツト装填面に対して平行に移動させカセツトを装着するものであることが明らかである。そして、第一引用例にカセツト収納体が前面操作板の開口部に装着されたテープレコーダが示されていることは前記のとおり原告の認めるところであるから、このテープレコーダに右に述べた第三、第四引用例に示されているカセツト収納体をカセツト装填面に対して平行に移動させる構成を適用して、本願発明における構成を得ることは、第三、第四引用例のもののカセツト収納体の上下方向の移動を本願発明の横方向の移動にすることについて格別の問題があるとか、これによつて格別の効果が生ずるといつた特別の事情がなければ、当業者にとつて容易に想到できるものと認められる。
(二) そこで、右のような特別の事情があるかどうかを検討する。
前記当事者間に争いのない本願発明の特許請求の範囲によれば、カセツト収納体の移動について直接関連する記載は、「カセツトのハブを前記基板上のハブ受けに対応させつつ前記前面操作板に対してこの操作板の開口部を出入りするようにしたカセツト収納体」との記載であり、この記載がカセツト収納体を横方向に移動させることの具体的構成を示すものでないことは明らかである。右特許請求の範囲には、この記載を含め、右の具体的構成を示す記載は見当たらない。そうとすると、本願発明においては、カセツト収納体を横方向に移動させることの具体的構成は、その出願時における技術水準に基づき当業者が任意に選択できる設計事項として認識されていたと認めるのほかないから、第三、第四引用例のものの上下方向の移動を本願発明の横方向の移動にすることについて格別の問題はないものと認められる。
一方、カセツトをカセツト収納体に収納し、これをカセツト装填面に装填するについて、原告は、本願発明の方が第三、第四引用例のものに比較し容易であると主張するが、原告の主張をすべて検討しても、両者の容易性の差異はカセツトをカセツト収納体に収納する方向が上下の方向であるか水平の方向であるか、カセツト収納体を押す方向が横方向であるか上下の方向であるかに基づく差異にすぎず、第三、第四引用例のものから当然に予測できる範囲の差異にすぎないと認められる。しかも、原告が本願発明の効果として主張する右容易性は、成立に争いのない甲第三、第四号証によつて認められる第一、第二引用例のいわゆるカンガルー型のカセツト収納体においても奏される効果とほとんど異ならないことが明らかである。
また、カセツトをカセツト収納体から取り出す場合において、本願発明が第三、第四引用例のものに比し容易性において優れた効果を有することは原告の主張しないところであり、本件全証拠によつてもこれを認めることができない。
したがつて、本願発明が右構成をとることによつて奏される効果が第三、第四引用例のものに比し格別のものと認めることはできない。
(三) 以上のとおりであるから、本願発明と第一引用例との相違点(2)について発明があるということができないとした審決の判断に誤りがあるとは認められず、原告のこの点についての主張は採用することができない。
2 取消事由(2)(請求の原因四2)について
原告は、本願発明において、「バネ部材」は録音再生部材と対向して前面操作板の開口部の上方に設けられ、したがつて、カセツト収納体に設けられていない構成を有すると主張する。
前記当事者間に争いのない本願発明の特許請求の範囲中、バネ部材については、「カセツトを前記録音再生部材方向に弾性保持するバネ部材」と記載されており、録音再生部材については、「前記開口部の下方に位置し前記基板に沿つて可動的に配設されている消去、録音、再生ヘツド等の録音再生部材」と記載されている。これらの記載と成立に争いのない甲第二号証の一・二(本願公報と昭和五四年七月一六日付手続補正書)によつて認められる本願明細書の記載によれば、右バネ部材についての特許請求の範囲の記載は、カセツト収納体に収納されたカセツトが開口部に入つている状態において、カセツトを開口部下方に設けられている録音再生部材方向に弾性保持する機能を有する。バネ部材を意味するものと認められるが、それ以上にバネ部材を設ける位置について直接規定したものとは認められない。そして、バネ部材が右の機能を有する場合としては、本願明細書の実施例に示されているように、バネ部材24を開口部の上方に設ける場合(別紙本願公報図面第三ないし第五図参照)に限られず、第二引用例の第五、第六図に図示されているように(この点は、原告の認めるところである。)、バネ部材23をカセツト差込枠に設ける場合(別紙第二引用例図面第五図参照)も考えられるのであるから、右特許請求の範囲の記載を、原告主張のように、本願発明のバネ部材は前面操作板の開口部の上方に設けられたものに限られ、カセツト収納体に設けられたものを含まないと解すべき根拠はない。
したがつて、本願発明においてバネ部材を設ける位置が右のように限定して規定されていることを前提に、審決の本願発明と第一引用例の相違点(4)についての判断の誤りをいう原告の主張は、その余の点について判断するまでもなく失当といわなければならない。
3 以上のとおり、原告の主張する審決取消事由(1)(2)はいずれも失当であり、審決にこれを取り消すべき違法な点があるとは認められない。
三 よつて、原告の本訴請求を棄却することとする。
〔編註〕 本件における特許請求の範囲は左のとおりである。
前面操作板及びこの操作板の高さに比し大なる奥行の平面状上面を有する略直方体形状の本体と、前記前面操作板に形成並びに設置された開口部及び同操作板上に配された機械系操作釦、電気系操作摘子等の操作部材と、前記開口部内の前記前面操作板と平行する基板上に設けられたハブ受け、キヤブスタン軸等のテープ駆動用部材と、前記開口部の下方に位置し前記基板に沿つて可動的に配設されている消去、録音、再生ヘツド等の録音再生部材と、カセツトのハブを前記基板上のハブ受けに対応させつつ前記前面操作板に対してこの操作板の開口部を出入りするようにしたカセツト収納体と、カセツトを前記録音再生部材方向に弾性保持するバネ部材とを具備したことを特徴とするテープレコーダ。